『ふる』(初版:2012年)
西加奈子 著
河出文庫
※以降、ネタバレを含むかもしれないのでご注意ください。
池井戸花しす(かしす)28歳、職業はアダルトビデオのモザイクがけ。
趣味は周囲の人間との会話をICレコーダーで隠し録りし、聞きなおすこと。周囲の気分を害さないよう常に気を遣い「いつだってオチでいたい」と受動的に生きる日々。そんな彼女が、すごく特別で、すごく当たり前の何かに気付いていく様を、過去と現在を行き来し、つなぎながら紡いでいく奇跡の物語。この本、あんまり特別なことは言っていない。
何事につけても受動的で、表面的には人を傷つけない”良い人”であるが故に
「優しい」
と人からは言われ、でも内心、痛みを分かってあげてる訳ではなくて、
当事者になる(傷付けたのが自分ってことになる)のがイヤな卑怯者なだけなんだけど…
と思ってる暗さ(さほど特別な悩みでもない)なんかに非常に共感するし、
#むしろそんな本質を見抜いてるかもしれないのに、何も言わない周囲の方が”優しい”と思う
いのちが生まれ出てくるところである、女性器を見ることで生命の神秘を感じる
エピソードとか、レアケースではあるものの全く聞かないような話でもないし、
「すべてのいのちは祝福されている」
って言葉も、陳腐と言っていいほどほどありふれているように感じる。
それでもなお、本著でじんわりした感動を味わえるのは、
いのちを生み出すことができず、死を見つめることで
逆説的に生を見つめ直すことしかできない男性に対し、
いのちを生み出すことにより、いのちの尊さを感じることができ、
それでいてそのことを比較的ドライな?目でも眺めることができる、
女性ならではの感性に溢れているからかもしれない。
それは性差のせいかも、というと身も蓋もないのだけれど、
私はそこまで生について肯定的に捉えることは今のところできそうもないし、
それでも”祝福されているんだ”とまっすぐ表現してくれる人がいることは、
嬉しいことだと思う。
あんまり特別なことは言っていない、が、
そんな当たり前のことも、何度も忘れてしまう人に、
そっと光を照らす素敵な本だと思います(*´ω`*)
以下、蛇足ですが…
特別なことは言ってないと何度も書くと、凡庸と言ってるように
聞こえるかもしれないけど、西さんの言葉の選び方のセンスはすごく好きでした。
食べ物の美味しさを”天才”とか”阿保ほど美味い”などと称するあたりなど、
文学としてはすごく砕けているんだけど、でも普段の生活の中では確かにそう考えてるなと
気付かされる絶妙な言葉遣いは、ある意味「心の写実主義」だなぁと思いましたよ。
[2回]
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