本日、西洋妖怪亀忍者(英訳:ミュータント・タートルズ)の映画が上映初日ということで
早速観に行ってみました。
…思ってたより大分お客さんは少なかったですが(w)、映画自体は中々面白かったです。
内容は薄めですが全編アクション満載で、何も考えず楽しむには最高ですよ!
ただ一つ良くないのは、今回は3D吹き替え版を見たんですが
NYの街並みを上から撮るシーンが多く、高所恐怖症にはかなりキツかった!!ww
そんで、昨今の妖怪ブームに便乗し…ているわけでもないですが、
昔から妖怪話や土着の神様の話などにはちょいちょい触れていて、
最近は妖怪解説動画を肴に酒を飲みーの、妖怪ウォッチをやっちっち(用法誤り)、
先日、柳田国男『遠野物語』を読んだこともあって、
本の内容と今までの経験などのハイブリッドにしつつ、本書の形式に合わせて思いつくままに
大人の読書感想文としてみたいと思います。
(年よりの胡乱な思い出話とも言う。。
因みに『遠野物語』はある程度体系立てられています)
<お餅と甘酒でも食べて、ゆっくりしていってね!>
<遠野良いとこ一度はおいで チョイナチョイナ>
岩手県遠野市には、小学生の頃ちょっとご縁があって行ったことがあります。
天気に恵まれたこともあり、深い緑に抜けるような青空、
路傍の溝を流れる水すら綺麗に澄んでいて、飲めるんじゃないかと思えるほど(!)。
そんな自然の中で、独特な語り口の昔語りがそこかしこにあふれているのですから、
町全体がおとぎ話の中にあるような印象を受けました。
和風TDLとでも申しましょうか(!?)。
東北の数ある綺麗な場所の中でも、まいねが一押しする素敵な場所であります。<二度と消えない”どんとはれ”>
昔話には結びの言葉がつきものです。最もメジャーなのは”めでたしめでたし”ですが、
”とってんぱらりのぷぅ”なんて不思議な呪文もありますね(MP吸われそう)。
遠野の昔語りでは
”むがしあったずもな(意訳:昔あったそうな)”に始まり、
”どんとはれ”と言って話を締めます。
語源には諸説あるようですが
”ドンと掃え”から来たのだと聞いたことがあります。
ドンと爆発して何もかも消え去ってしまうかのように、
「ハイもうお終い、物語の世界から現実に戻って来なさいよ」
というようなイメージでしょうか。でもこれって無理な話で。
例えば河童の話を聞いたことのない人間は、河童という概念がないのですから
河童を怖がることなどはありえないわけですが、話を聞いてしまったら、
怖がるにしろそうでないにしろ、河童に対する何らかの感情が生まれます。
これを”掃え”と言われても無理だし、むしろより一層強く印象に残ります。
こうして昔語りの主人公たちは、私たちの心に生き続けるわけですね。
<『遠野物語』って・・・>
『遠野物語』は有名な作品で、まいねも耳にすることは何度かあったのですが、
読んでみるまでは”妖怪本”なのだろうと思っていました。
実際には、妖怪の出てくる頻度はそんなに多いわけではなく、
幽霊のようなものや神隠し、謎の風習などとにかく身の回りの不思議な現象を
聞き集め、ある程度体系立てて並べたような作品となっています。
寒戸の婆(サムトのばば)の話にいたっては、
「梨の樹の下に履物だけ残して消えた娘さんが、 30年ほどしてひょっこり現れたけど「やっぱ戻るわ」と言ってまた消えた」という(それってちょっとヘンなおばあちゃんってだけじゃ?)と思うような
話もあったりして、不思議レベルはピンからキリまであります。
言葉は古めかしく、読みやすいとは言えないのですが、一つ一つの話は短いので、
ゆっくり少しずつ読める作品ですよ。
<妖怪は”存在する”>
特に目新しい理論と言うわけではないのですが、妖怪は恐怖、疑念、罪悪感など
「人間の心が生み出した、確かに存在するもの」だとまいねは思います。
再び河童を例に挙げますが、その昔、東北ではひどい大飢饉があり、食べるものがなさ過ぎて
木の皮をはいで食べるほどだったんだそうです。そんな中、どうしようもなくなると
老人や小さな子供を、川や山に捨てるいわゆる”口減らし”が行われるようになります。
当時川に近づくと、命を落とした子供たちの遺体が川岸にたくさんおり、
親としては当然見せたくない光景だったため、川に近づかせないための口実として
「河童が出るぞ」
と脅したのが元々の始まりなのだそうです(これも諸説あります)。
因みに、まいねの周囲では長子以外の子供を「なげわらし」と呼ぶことがあります。
東北で「なげる」は”捨てる”を意味する言葉で、要するに「捨て子」と呼んでいるわけです。
こんなところにも当時の名残があるんですね…
今でこそ、ネットなどを利用して自分の周囲だけでなく、日本中、世界中の情報が
簡単に手に入れられる時代のため、分からないことなどは
大分少なくなってきているわけですが、昔は知らないことを知らないまま、
ずっと過ごすことも多かったでしょう。そんな未知のものを不思議に思う気持ちに
形を与えたのが妖怪なのでしょうね。
<そしてこれからも>
唐突な話ですが、まいねの好きなもののもう一つに落語がありますが、
妖怪と落語ってちょっと似ています。落語というと「昔の人の笑い話だよね?」と思う人もいるかもしれませんが、
実際には、人間を各タイプごとにちょっとデフォルメして物語に登場させた
ヒューマンドラマのようなもので、現代にも通じる普遍性を持っています。
先日、年始の笑点で
「落語ってとても気楽なもので、ただ寄席に来て、ワハハと笑えば良いんだよ」
ってなことを言ってたような気がしますが、まさにそう。
落語はいつも人間を描き、人間のそばにいるもので、
人間が存在する限り廃れないものと思います。
人間の心が生み出す妖怪も、きっとそういうものだと思います。
古典妖怪も、新しい妖怪も、私たちのすぐそばに。
…ほら、アナタの後ろにも…
<どんとはれ!>
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