最近仕事が忙しくなってきて、食べ歩きやひとカラでストレス発散も良いのだけど、
ちょっと語りたい気分にもなってきたので、この機会にちょっと真面目な話もしてみます。
中々難しい問題が降りかかってくるお年頃でもありますので、
長々話した割には結論に至っていないということもままあるかもしれませんが(!)、
一意見として足しになれば幸いです。
さて言い訳も済んだ所で(ぉ)、今回の話題は親と衝突することについて。
皆さんは親とケンカ、してますか?
実はこの話題のきっかけになった、まいねと父との衝突は去年のお盆休み
(仕事の都合上、休みは9月になったけど)のお話で、旬はとうに過ぎていますw
それというのもまさに結論が出ていないからなのですが、
放っておいたら腐りそうなので(!)ご参考までに語ってみますね。
”衝突”と言っても実際のところは、今まで親にすら(親だからこそ?)
本音で話すことのなかったまいねが、晩酌でベロンベロンになっていたとはいえ(w)、
自衛隊で鍛えた強靭な身体を持ちながら(今ではビール腹で見る影もない)、
実はまいねと同じ寂しがり屋でシャイなところもある父が、自らも傷つく覚悟をして
「本音をぶつけてみろ」
と言ってきたため、これは流石の俺も腹を割らねばなるまいと、
まいねの強い劣等感の底にあるものをぶつけてみたというかなり一方的な展開ですw
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自分で言うのもなんですが、まいねは3人兄弟の長男であり、
所謂”手の掛からない子”だったと思います。
(まぁ身体は弱かったので、そういう意味では心配はたくさんかけましたけど。)
叱られたりしなくても勉強していたし、
「どうせなら一番取らなきゃな!」
と言われて、学年一番の成績を収めたこともありました(小さな中学校の中の話ですけどね)。
それというのも、まいねは「誰よりも父に褒めてもらいたかった」から頑張ったのですが、
父としては長男への期待を込めて「頑張れといい続けて、一切褒めない」という教育方針だったんです。
大人になった今ではもちろんそういうものだと理解できるのですが、
子供の頃から常に「一番褒めて欲しい人に褒めてもらえない」日々を送っていたまいねはいつしか、
『自分の頑張りなど一切無意味』
という歪んだ考えを持つようになっていきました。
いろいろな人や本などに出会い、その考えに触れ、
”誰が何といおうとも自分で自分を認められることが一番大事”
というのは正論として捉えられるのですが、それを受け入れるよりも「でも無意味」という
どうしようもない反発心(?)が働いちゃうんですね。
挙句の果てには、彼女と別れてそれでも岡山で暮らしていかなければならないと告げ、
父と電話で話していたときのこと
「まぁ・・・お前には期待しているからな」
と父から励ましの言葉をかけられたのですが、その時まいねの心に浮かんだのは
(うわ、この人嘘を吐いている)
という自分でもビックリするほどの歪んだ考え方でした。
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「まぁそういう教育方針だっていうのは大人になって分かっているつもりだし、
ここまで育ててもらったことは本当に感謝してる。
・・・でも、今まで話してきたみたいに、褒めずに伸ばそうとしたその”1個の間違い”が、
どうしようもないくらい、俺の暗い部分を作ったんじゃないかって思ってる。」
最終的には、泣きそうになりながら話をしていて我ながら女々しい限りですが(w)、
「うん、確かにそうだなぁ」
と父は頷きながら聞いていました。話としてはここでおしまいです。
子供にとって親は世界の大半を占める大きな存在で、自分を守ってくれる人でもあれば、
心を守る術を持たない自分に容赦なくナイフを突き立てる人でもあります。
親が自分に作った”傷”を、子供のうちはどうすることも出来ないのが普通であり、
口当たりの良い言葉で繕いながら過ごすのもありだと思いますが、
30歳も過ぎれば自分の心を守る術を身につけていますし、
何なら親と絶縁した所で一人でも生きていけます(!)。
大人になった今だからこそ本気で親とぶつかってみて、自分の傷を見つめなおしてみることで、
より深い親子の関係になれるのかもしれません。
・・・まいね家は次にお互いにどう話したらよいか分からず、微妙に膠着状態になってますが(w)、
上っ面な会話ばかりしているよりもある意味自然かなぁとも思います。
彼女でもできれば大いに電話できるんだけどなぁ!ww
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